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渡邊順生

ミリオン・インタビュー vol.03

渡邊 順生 さん〔チェンバリスト〕

Yoshio Watanabe | Cembalo

ゴルトベルク変奏曲で満たされる一日。
「バッハが実現した奇跡が、そこにはあります」

 J.S.バッハの代表曲の一つで大曲の「ゴルトベルク変奏曲」を、本来のチェンバロ演奏だけでなく、ピアノによる演奏、更に弦楽五重奏にアレンジされた演奏という3つの演奏形態を3部構成で楽しめるコンサートが開かれます。題して『ゴルトベルク変奏曲で満たされる一日——チェンバロ、ピアノ、弦楽五重奏による J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲』《2021年9月23日(木・祝)、浜離宮朝日ホール》
 第1部はチェンバロ(演奏:渡邊順生、13時15分開演)、第2部はピアノ(演奏:上杉春雄、16時15分開演)、第3部は弦楽五重奏(編曲:松原勝也、演奏:松原勝也他、19時15分開演)。
 →演奏会の詳細はこちらへ
 チェンバロの渡邊順生さんにいろいろとお話を伺いました。(2021.9.12up)


ーーこの度、弊社主催『ゴルトベルク変奏曲で満たされる一日』にご出演いただくことになりましたが、渡邊さんにとってズバリ「ゴルトベルク変奏曲」の魅力はどの様なところでしょうか。

 月並みな答えですが、それは、たった1つの主題からあんなにも多様な変奏が生まれ出てくるのだ、という、いわば奇跡のようなことをバッハが実現したことにある、と言えるでしょう。

 この曲の主題は、最初のアリアのように考えられていますが、決してそうではありません。アリアは32小節から出来ていますが、最初の8小節の低音、それも1小節に1つずつ割り当てられている、合計8個の音符がこの長大な変奏曲の主題なのです。

 そのバス主題の上で、様々な変奏が繰り広げられて行きますが、アリアが既に、3つの変奏を含んでいるのです。最初の8小節でバス主題が示され、9~16小節が最初の変奏、17~24小節が2番目の変奏、25~32小節が3番目の変奏となります。普通の数え方だと全体で30曲の変奏曲があるわけですが、その1つ1つが4つの変奏を含んでいますから、全部で120。それにアリアの3つを足して123。ですから、《ゴルトベルク変奏曲》には、最初の8小節に示される主題と123の変奏が含まれている、ということになるのです。

 実は123というのは、バッハにとって特別な数なんですよ。J.S.BACHというのを数字に直すと、Aはアルファベットの1番最初の文字だから1、Bは2、ラテン語にはIとJの区別がないからJは9……という風に数字に直していくと、J.S.BACHは、9+18+2+1+3+8で41になります。123は41の3倍。「《ゴルトベルク》はワン・ツー・スリー」っていうの、面白いと思いませんか?

『ゴルトベルク変奏曲』で満たされる一日チラシ



ーー我が国を代表するチェンバリストとして長く活動されておられ、その中でバッハ作品も数えきれないほど演奏されたかと思います。演奏家渡邊順生さんにとってバッハという作曲家はどの様な存在でしょうか。

 恐らくボクの演奏活動の半分以上は、バッハの作品で占められていると思います。ですからボクの人生は、バッハなしでは成り立ちません。こんなに一人の作曲家に依存していると、「貴方にとってのバッハはどういうものですか?」と訊かれたら「全てです」とでも答えるしかなくなってしまいますね。

 実は、ボクは中学生の頃は熱狂的なオペラ・ファンでした。最初に夢中になったのはワーグナーです。高校2年の初めぐらいまでに、ワーグナーのオペラのほとんどを聴いてしまい、ヴェルディに感心が移りました。私の中学高校の音楽の先生は、当時まだ少なかったリコーダーの名人でしたから、クラスメートにはバロック・ファンが多かったのですが、ボクにはワーグナーやヴェルディの方が高級な音楽に思えました。それが、高校3年の時に初めて《マタイ受難曲》を聴いて衝撃を受けたのです。これは、《ワーグナーやヴェルディに勝るとも劣らないドラマティックな音楽だぞ!」と思いました。でもその時は、こんなにバッハばかり弾いている人生になるとは思いませんでしたけどね……。

ーー殊に「ゴルトベルク変奏曲」はチェンバロ奏者以外の多種多様な楽器に編曲され、演奏されています。オリジナルのチェンバロで演奏される渡邊さんにとって、この事をどの様に感じていらっしゃいますか。

 僕たちのような古楽器奏者は、作曲家の意図した作品のオリジナルな姿を追求する、という基本的な姿勢でやっているわけで、この曲の場合は勿論、2段鍵盤のチェンバロ独奏という演奏形態がベストなわけです。でも、我々だって、バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ》が素晴らしいと思うと、それをチェンバロのために編曲して弾きたくなります。

 編曲を聴くことによって、その曲の真実に触れるような思いがする、ということは少なくありません。例えば弦楽器や管楽器に編曲された形で聴いたときに、バッハはもしかするとこんなイメージをチェンバロに託したのかな、と感じることもありますね。

 チェンバロ曲をピアノで弾くのを聴いて感動することもあります。昔、「プレイ・バッハ」というのがあったでしょう? フランスのピアニストのジャック・ルーシェが、ベースとドラムスと一緒に、バッハの作品をジャズ化して聴かせて世界中で大評判になりました。実は、ボクはジャック・ルーシェたちの《ゴルトベルク》がとても好きなんですよ。自分も、あんなスイング感を出して弾けたらいいな、とよく思います。

ーー「ゴルトベルク変奏曲」に関して、何か特別な思い出はありますか?

 ボクがチェンバロを習い始めてちょうど1年半ばかり経った頃に、その頃チェンバロを教えていただいていた小林道夫先生が初めて《ゴルトベルク》の演奏会(※1)を開かれました。こんな長大な曲を弾くなんて、その時には考えられなかったので、思わず「先生は凄いですね」と言ってしまいました。そうしたら、1つ1つの変奏曲はそんなに長くないので、毎週1曲ずつ弾いていけば、30週間あれば弾けるようになるよ、と言われました。そして、「一緒に勉強しましょう」とまで言ってくださったのです。でも、その頃のボクはまだ未熟で、とても先生のそのお誘いに応えることはできませんでした。

 (※1)弊社主催公演。本年50年連続第50回を迎える。→詳細はこちらへ

 留学から帰って2、3年目に初めてこの曲をコンサートで弾いたときには、1曲目を弾き始めると、眼前に巨大な山が立ちはだかっていて、とても登れそうもないような思いがしました。今でも勿論大変ですが、それでも楽しんで弾けるようにはなりましたね。

ーー日本にご帰国なさって最初に開催されたリサイタル(1978年)を弊社でマネジメントさせていただきました。その頃から現在までのご自身の演奏活動を振り返られて感じる事、これからの演奏活動展望と、今回の「ゴルトベルク変奏曲に満たされる一日」公演の聴きどころをお聞かせください。

昔のチラシ

懐かしい1978年の演奏会のチラシ


 「これからの演奏活動の展望」と言うほど大げさなものではありませんが、今年の暮れにバッハの《フーガの技法》をやります。実は2月に《フーガの技法》の全曲を録音したのですが、そのCDの発売記念コンサートということで、12月29日に東京・初台の近江楽堂でやります。《フーガの技法》というと、とてもむずかしい音楽のように考える方が多いのですが、決してそんなことはありません。全曲通して演奏すると1時間半ぐらいかかるので、《ゴルトベルク》よりは10分程度長くはなりますが、大差はありません。《ゴルトベルク》と同様、単一の主題から紡ぎ出されたバッハの独特な世界が広がります。随所に魅力的な旋律やハーモニーがちりばめられていて、実はとても色っぽい、魅力的な音楽なんですよ。《ゴルトベルク》の好きな方なら、是非楽しんでいただきたい作品です。

 それから、今回の《ゴルトベルク》の聴きどころということですが、前回とここを違えてみよう、とか、今回は特別こういう風に弾こう、何て思って弾いたらとても恣意的な演奏になってしまいます。僕らはとてもちっぽけな存在で、偉大なのはバッハであり、彼の作品なのですから、その作品の姿、作曲家がその作品に込めた想いなどをできるだけ聴衆の皆さんに伝えるように努力しようと、常に思っています。

 でも、今回はミリオンコンサートさんの主催のコンサートで初めて《ゴルトベルク》を弾かせていただくことに、特別な想いを持っています。ミリオンの小尾さんと高原さんには、中学生の頃から大変お世話になり、「渡邊くん、渡邊くん」と可愛がっていただきました。そのお二人が昨年相次いで亡くなられたことを知ったときには、とても残念で、心が痛みました。今回の演奏会では、是非、ボクの思いをお二人の耳に届かせるように演奏したいと思います。

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